子供達が大きくなった時、しっかり話せるように妻の闘病の記録を残します。
妻の病気は乳がんでした。
乳がんが見つかるまで
令和3年9月頃
妻は3人目の子供を妊娠中で「右胸にしこりのようなものがある」と言っていて
次の検診で相談しようというのが始まりでした。
子供の予定日は10月下旬
検診の時に看護師に相談すると、母乳が作られる準備で乳腺炎ではないかと言われ、「母乳が出たら小さくなると思う」と言われました。
令和3年10月下旬
第3子となる次女が無事に産まれ、安堵してました。
しこりが小さくならない
令和3年12月
母乳をあげてもしこりは小さくならず、 母体の1ヶ月健診時に直接先生に相談したところ、怖いから検査しようということになりました。乳房から検体をとると、母乳が漏れてしまうので、右脇下のリンパから検体をとることになり、2週間後には結果がでると言われ、2週間後に妻は結果を聞きに行きました。
リンパからがん細胞が
そこで言われたのが
リンパからとった検体にがん細胞が見つかりました。
すでにリンパに行ってるのでステージ2〜3と宣告されました。
この時妻を1人で病院に行かせてしまったことすごく後悔してます。
トリプルネガティブ乳がん
私が仕事から帰ると、乳がんだったと妻から報告を受けました。
しかもトリプルネガティブといういかにも悪そうなタイプの名前で
胸のしこりの大きさから見てステージ3だろうと。
正直全く実感が湧かず、一瞬ホントに思考停止したのを覚えてします。
妻もショックで涙がとまらず、私はただ妻を抱きしめ
「大丈夫、大丈夫」
と自分に言い聞かせるように言いました。
その日は、なかなか寝ることが出来ず、ずっと乳がんについて調べていました。
治療開始
その後、治療方針が決まり、令和4年1月から抗がん剤を開始し、ガンが小さくなってから手術をするという方向で決まりました。
この時は、抗がん剤が効くことをただ祈るばかりでした。
これからの治療がどんなものになるのか、この時はまだわかっていませんでした。


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