病院で
妻が亡くなった時、子供たちは家で妻の母と寝ていました。
私と妻の姉だけが病院にいて、あとから妻の母、子供たち、姉家族が病院にきました。
まだ暖かい妻の手を取り涙する子供たち
安らかな妻の表情
あの時のことは一生忘れることはないでしょう
みんなで妻の顔を拭いて、家に帰る準備をしました。
妻の帰宅
葬儀屋へ連絡をして、病院まで迎えにきてもらい
自宅へ帰りました。
自宅についてからも、妻の体温はぬくもりが残っていて
全く実感が湧いていませんでした。
夜中にも関わらず、親戚がたくさん会いに来てくれて
みんなで涙し、
「よく頑張ったね」「疲れたよね」「ありがとう」
と、たくさんの言葉を妻にかけてくれてました。
翌日から、葬儀の話等をするのはわかっていたので
ゆっくり妻の横にいれるのは今だけだと
特に何をすることもなく、明け方まで寄り添いました。
葬儀
葬儀屋さんが朝に来てくれて段取りをしました。
なるべく家にいる時間を長くしたい、すぐに葬儀はしたくないという
本心をお話しして、六曜との絡みもあり、3日後に執り行うことになりました。
葬儀の連絡を関係者や妻の友人にした際に
あまり病気のことを周りに言ってなかったこともあり
びっくりする方がたくさんいました。
連絡をすると、たくさんの方が妻に会いに来てくれました。
妻は美容関係の仕事をしていたこともあり、妻の職場の方々が
化粧をしてくれました。
化粧をした妻は、今にも目を開けて起きてきてくれそうな表情をしてました。
葬儀当日、自宅から葬儀場までの道のりが一番辛く
葬儀場についたとき、膝に力が入らなくなり、涙が止まらくなったのを覚えています。
この時、妻が亡くなったんだなと初めて実感したような気がします。
お通夜
通夜は滞りなく執り行われ
最後私の挨拶の時に、知らない方も多いだろうと思い
病気の経緯や、妻がどんな女性で、良き母、良き妻であったかを
話させてもらいました。
お通夜には、たくさんの方が来られて、
妻がいかにたくさんの方に愛されていたかを改めて実感しました。
通夜後の通夜振る舞いでは、
一目妻の顔を見たいと言ってくださる方がたくさんいらしてくれて
色んな話をきかせてもらいました。
終始にぎやかで、笑いも涙もあり、
妻は寂しがりやで暗い雰囲気は苦手なので、
明るい感じで過ごせてとてもよかったです。
最後の別れ
とうとう告別式の日
わかってはいましたが、とうとうこの日が来てしまいました。
妻に触れられるのは今日が最後
しっかりその表情を目に焼き付けて
妻の肌の感触を忘れないように触れていたと思います。
火葬場に到着し、棺が炉に入った瞬間に
末っ子が大声で泣いて、みんなつられて泣いていました。
実は、末っ子は妻が亡くなった時から、
実感がないのか、この時まで一回も泣くことはありませんでした。
常に明るく、暗い表情もすることがなかった末っ子が涙して
私たちも涙が止まりませんでした。

コメント